January 29th is

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  January 29th is  



  【10月19日 20時】



日付を知りたかった。

学生たちに監禁されてから、何日が過ぎたのか。

食事の回数を数えそびれたのは誤算だった。

学校を訪れたのが10月のはじめ。あれから10日は優に過ぎているだろう。

部屋で雑談をするようになった子供たちも、未だ警戒が残るのか、日付を答えようとしない。

そんなおり、チビと呼んでいる子供が聞いた。

「賢太郎、誕生日いつ?」

くだらない質問を無視しようとして、思いとどまった。

最近、友好的な態度を示すようになった彼らだ。

日付が近ければ、何か反応を示すかもしれない。

監禁された日数を、頭の中で予測して、俺は告げた。

「――10月20日」

デコと呼んでる子供が、驚いた顔をした。

「明日じゃねえか」

ビンゴだと、俺は心中で喝采をあげた。

これで明日から日付を数えられる。メモか何か、記録できるものが入手できれば尚いい。岩窟王のように、壁に線を刻んでいくか……

「じゃあ、何かするか」

「は?」

鎖を鳴らして、顔を上げた。

暗闇の中、子供たちが、自分を見つめている。

母の日にカーネーションを探すような顔で。



  【10月19日 23時】



数時間後、学生たちが部屋に集まった。

彼らはミーティングになると、この部屋に集結する。

俺は頭から布団をかぶって、寝た振りを続けていた。

まさか、こんな大事になると思わなかった。

先日も嘘がバレて、ひどい目にあったばかりだ。

もしも、誕生日じゃないとわかったら……

「おい、起きろよ。聞いてんだろ」

「ん……?」

布団をめくられて、とりあえず、寝起きの振りをした。

「うんじゃねえよ。だから、何食いたいんだ?」

「ああ、うーん……」

「もっと早く言ってくれれば、ケーキの用意もできたのに」

「言えねえだろ。日付がわかんなかったんだから」

「ああ、そうか。ケーキって作れるのかな」

「誠二に聞いてみる」

珍しく笑顔を浮かべて、チビが寝台に手をついた。

楽しげな笑顔に、後ろめたさが込上げる。

「賢太郎、何味のケーキがいい?」

「……別に……」

「遠慮しないで。こんなところに閉じこめて、何のお詫びもできないけど……」

もやしは心が洗われるような、善意的な笑顔を浮かべた。

「誕生日くらい、好きなものを用意するよ。ケーキよりも、他のデザートがいい?」

「飯は何がいいんだ? そう言えば、すき焼き食いたいとか言ってたな」

「……いや……」

「たしか電気鍋が、どっかにあったな」

「ああ。しばらく出してないけど……」

「プレゼントは何がいい?」

「それは秘密の方がいいよ」

「そうだな」

「そうそう」

日頃不仲な子供たちが、和気あいあいと微笑んでいる。

耳を塞ぐ代わりに、俺は再び布団を被った。

笑う子供たちの間で、オカマだけが一人、怖い顔をしていた。



  【10月20日 20時】



「おまえの誕生日ってさ、たしか年明け……」

オカマの口を塞ぎながら、俺はすき焼き鍋に身を乗り出した。

「わー、美味そうだなー」

「そうだろう、そうだろう。奮発して、いい肉買って来たんだぜ」

暗い部屋の床に電気鍋がある。変な宗教儀式じゃない。

ぐつぐつ煮えた鍋の中に、デコが得意げに肉を放りこんでいった。

牛肉、豆腐、長ねぎ、しらたき、しめじ、春菊。椎茸は抜いてある。

醤油の焦げる美味そうな匂いが、部屋中に広がる。

箸と皿を用意して、他の子供たちも、わくわくと鍋を囲んでいた。

今夜はここで食事をするつもりなんだろう。

一緒に食事をするのは初めてだ。

「――お待たせ」

「茅。卵持ってきたか」

「うん。だけど、槙原先生に見られたよ。そんなにたくさん生卵どうするんだって」

「なんて答えた?」

「食べるって」

「そしたら?」

「何も言われなかったよ」

生卵を6個食べると言っても、何も疑問を持たれない学生。

忘れかけた頃、腕の中で、オカマが不満の声を上げた。

「……大嘘吐き野郎。俺は覚えてる。お年玉の後だから、プレゼント奮発できるって、あいつがいつも……」

もう一度オカマの口を塞ぐ。声を低めて、耳元に囁いた。

「黙ってろ。おまえだって、事態を悪くしたくないだろう」

「勝手に決め付けんなよ」

「……なら、どうすればいい」

やりにくそうに、オカマは俺を睨んだ。

「みんなを楽しませろ。絶対に、嘘だってバレるなよ」

「…………」

「何をイチャイチャしてるの」

チビに指摘され、オカマは俺の腕を振り払った。

すっくと立ち上がった。

じゃじゃーんと言いながら、オカマは友人たちに向かって両腕を広げた。

「すき焼き食べる前に、お礼をこめて、賢太郎が一曲歌うって!」

わあっと子供たちは盛り上がった。



  【1月29日 23時】



東京駅のダイニングバーは、23時を過ぎても混み合っていた。

野菜スティックを齧りながら、面白そうに石野が尋ねる。

「――それで、歌ったんです?」

「歌った」

「何を」

「ウルトラ・ソウル」

腹がよじれるほど、三人の男たちは爆笑した。

眼鏡を外して涙を拭いながら、槙原は肩を揺らし続ける。

「……バックミュージックなしで、よくやりきったね!」

「大学の新歓で覚えさせられたんだ。あれだけは歌詞を見なくても歌える」

「記憶力の問題じゃなくて、精神力の問題でさ」

「うるさいな」

「ハイ!」

「うるさい!」

「ああ、でも覚えてるよ。あの時、みんな冷たかったから……」

唐突に、槙原は暗い顔をした。

「どこかから、すき焼きの匂いがして、かなり落ち込んだんだよね……」

「すき焼きのハブはねえ」

「心中お察しいたします」

笑いを収めて、槙原の隣の男が言った。

「俺も覚えてるよ。瞠くんとさっちゃんが、シュトーレン作りに来たんだ」

「シュトーレン?」

「クリスマスのお菓子だよ。ちょうど材料が家にあって、お菓子を作りたいって言うから」

にこやかに微笑みながら、男は首を傾げた。

「お裾分け貰えると思ったけど、全部君のところに行ったんだね」

「……菓子ぐらいで、威圧するなよ」

「仕方ありませんよ、津久居君」

気圧されかけた俺の背後で、石野がしたり顔をした。

「残念ながら――彼は人間的に非常に未熟なんです」

「ちょっと、ちょっと」

煙草を揺らして、男が目を細めた。

「随分な言い草じゃない。君は一体俺の何を知ってるって言うの」

「これは申し訳ない。先入観で物申してしまって……」

石野のとぼけた返答に、俺は男に同情した。

先入観だけで、残念だとか、人間的に未熟とまで言われたくないだろう。

渋面になる男を接待して、槙原がウィスキーを注ぐ。

大雑把な手つきに、大半が男の膝に零れたが、気にせず俺は記憶をたどった。

仮想の俺の誕生日を。



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