• ショットバーのカウンター席に腰を下ろすと気分が落ち着く。
  • 棚に並んだアルコールの瓶、シェイクするバーテンダー、どの店でもなじみの景色だ。
  • それでも今夜、わずかな緊張が伴うのは、飲み相手が教え子だからだろう。
  • 「お待たせいたしました」
  • コートを脱いで茅君は隣に腰をかけた。彼はいつも身なりがぴしっとしていて、若いのにしっかりした雰囲気がする。
  • 茅君がお酒が強いと聞いて、一度ゆっくり飲んでみたかった。大学生になった茅君は、当時よりだいぶ大人びていた。
  • 「ますます、男前になったね」
  • 「そうですか。先生はお変わりなく」
  • 「ありがとうって言うべきかな」
  • 「褒め言葉ですよ。何を飲んでるんです?」
  • 「僕はいつも山崎」
  • 「同じものを」
  • グラスが揃ってから乾杯をした。飲み方はロックでじっくり味わう。水割りもいいけれど、ロックの方が時間がゆっくりすぎていく気がする。
  • 「大学はどう?」
  • 「面白いですよ。変わり者が多いけれど、彼らほどの変わり者はなかなかいない」
  • 「あはは、だろうね」
  • 「学校はどうですか?」
  • 「色々大変だけど、君たちほど手がかかる子はいないね」
  • 「その節は大変お世話に」
  • 「止めてよ、改まって。飲みにくくなっちゃうでしょう」
  • 楽しげに微笑んで、茅君は琥珀色の液体を喉に流した。
  • 雑談をしながらグラスを空けていく。彼はほとんど顔色が変わらず、僕も安心して楽しめた。
  • 「津久居君より強いよ」
  • 「そうですか」
  • 「神波さんより強いかも」
  • 「お酒が強い人の方が好きですか?」
  • 「長く相手をして貰えるからね」
  • 「長く相手をしますよ。明日は休みだから、夜明けまででも」
  • 「僕の方が潰れちゃうな。もう歳だから」
  • 「あまり見えませんけど」
  • 「本当に? 学割が効くかな」
  • 「さあ、どうでしょう」
  • なんとなく会話が途切れて、僕は細長いメニューを開いた。
  • バーのフードメニューはフライが多い。この歳になるとだんだんつらくなってくる。
  • 「お腹空いてる?」
  • 「そこまででは。何か食べますか? 奢りますよ」
  • 「元生徒には奢って貰えないよ」
  • 「恩があるのに」
  • 「こっちには見栄があります。ミックスナッツとベジタブルスティック」
  • 「ドライフルーツとチーズ。ソーセージも美味しそうだな」
  • 「ソーセージ好き?」
  • 「ほどほどに。津久居さんは好きですよ。コンビニに行くといつも買う」
  • 「あの人油ものばっかり食べてるから、歳とったら太るよ」
  • 「津久居さんも同じことを言っていました。貴方が飲んでばかりだから、歳をとったら太るって」
  • 「むかつく」
  • 「あはは。いつまでも格好良くいてください。津久居さんにも言いましたけど」
  • 眉を上げて、僕は頬杖を止めた。グラスを持ち上げて、もう一度彼の前に掲げる。
  • 「難題だな。努力するよ」
  • 「ぜひ」
  • グラスをかち合わせて、僕らはウィスキーを飲み干した。