• バイクで出かけると清史郎と約束をした。
  • その日、朝から清史郎は大はしゃぎだった。
  • 「ほら、ヘルメット」
  • 「ヘルメット!」
  • 「じっと座ってろよ。コケるからな」
  • 「俺の仕事は!?」
  • 「じっとしてること」
  • 「ふふふ。もしも、くすぐったりしたら……」
  • 「あの世行き」
  • 奇声を発して、清史郎は走り回った。何が嬉しいんだか、ヘルメットを掲げて飛び回っている。
  • 軽くため息をついて、俺は腕を組んだ。
  • 「おまえ、本当に高校生かよ」
  • 「だってさ、バイク乗れる兄ちゃん、俺の知らない兄ちゃんだもん」
  • 大股でジャンプをしながら、清史郎は戻ってくる。芝生の上を走る犬コロみたいだ。
  • 健康的にきらめく陽射しの下、つられて俺も笑っていた。
  • 「格好いいな、バイク!」
  • 「だろ?」
  • バイクを眺めまわる清史郎に、俺は自慢げに胸を反らした。ヘルメットをかぶる清史郎を手伝ってやる。
  • 「暴れるなよ。バランス崩すと本当に転倒するぞ」
  • 「うん!」
  • 「手を伸ばしたりするなよ」
  • 「うん! ここ掴まってればいい?」
  • シート部分を叩いて、清史郎が確認する。俺は頷いて単車に跨った。
  • 「よし。乗っていいぞ」
  • 「乗った!」
  • 「手を離すなよ」
  • 「300キロくらい出して」
  • 「のぞみに乗ってこい」
  • エンジンを回して、俺は単車を走らせた。
  • 風を切って走り出した車体が、次第に速度を上げていく。清史郎が歓声を上げて、両手を宙に上げた。
  • 「ひゃー!」
  • 眉を顰めて、俺は単車を止めた。
  • 「え? なんで? なんで停めたの、故障?」
  • 「終了」
  • 「なんでえ!?」
  • 「約束を破ったからだ。手を離しただろ」
  • 「ちょっとだけじゃん!」
  • 「だめだ」
  • 「兄ちゃんだって約束破ったじゃん!」
  • 「……そのネタでいつまでも引っ張れると思うなよ。人が約束を破ったら、おまえも破っていいのか」
  • 「…………」
  • 唇を引き結んで、清史郎が弱く眉を下げる。俺はメットを脱いで、清史郎に外せと促した。
  • 「メットを外せ。歩いて寮に戻る」
  • 「……やだ」
  • 「なら、置いていく。一人でそこにいろ」
  • 「ごめんなさい、兄ちゃん……。もうしません」
  • 子供の頃とそっくりな口調に、俺は吹き出しそうになった。
  • 悲しくて、悲しくて、たまらないという声で、清史郎はいつも謝っていた。
  • 駄々を捏ねているのか、本当に反省しているのか、わからない声色で。
  • 肩を竦めながら、俺は笑って視線を逸らす。清史郎は俺の視線を取り戻そうと、必死に腕を揺さぶった。
  • 「ごめんなさい! 本当にごめんなさい! もう絶対しねえから」
  • 「さっきもそう言ってただろ」
  • 「今度は本気! 今度は本気だからあ! お願い、兄ちゃん。お願い、お願い」
  • 「どうしようかな……」
  • 「大丈夫! 俺の本気を信じていい! もう絶対、大丈夫!」
  • 力一杯自分を弁護して、清史郎はタンデムシートに跨った。
  • への字口をしたまま「ここから動きません」という頑固な意思表示を放つ。
  • 素直なのか、わがままなのか。
  • (わがままなんだろうな……)
  • 「降りろ」
  • 「だって……」
  • 「反省したか?」
  • 「した! 超した!」
  • 「わかった。反省の気持ちを見せてみろ」
  • 厳しい顔で頷く俺を、目を丸くして清史郎が見つめる。
  • ぽかんとしたまま、清史郎はとりあえず、タンデムシートから降りた。
  • バイクを支える俺の顔を、おろおろと伺いながら、俺の肩に片手をかけてくる。
  • そのまま頭を下げた。
  • 「反省」
  • 「おまえは猿か」
  • 「どうすればいい?」
  • 「逆立ちは何秒出来る?」
  • 「……30秒は出来ると思う……」
  • 「100秒出来たらもう一度乗せてやる」
  • 「ええー!」
  • 悲鳴を上げながら、清史郎は嬉しそうだった。
  • きらきらと目を輝かせて、逆立ちをしやすそうな場所を探す。
  • 「100秒も出来っかな! これは難しいぞ……。見てて、兄ちゃん!」
  • 「ここでやったら車の迷惑だろ。寮まで戻るぞ」
  • 「わかった!」
  • 「槙原たちにも数えて貰え」
  • 「100秒出来たら、バイクに乗せてくれる?」
  • 「反省してるならな」
  • 「してる、してる! 寮に帰ったら証明する。俺の反省パワーはすごいぞ」
  • 「何がすごいんだ……」
  • 「100秒な!」
  • 「ああ」
  • 「練習しながら帰っていい? 俺が逆立ち出歩けるところ見たい?」
  • 「車道で逆立ちしたら、このまま帰る」
  • 「しません。ごめんなさい」