November 3rd is

ススム

  November 3rd is  







今年、生まれて初めて、花のいない誕生日を過ごす。

僕は無敵になる必要がある。

弾けたてのポップコーンのように偉大に。水鉄砲のように盛大に。

100万回のキスもいらないくらいに。













僕は幸福になる計画を立てる。

「右は賢太郎。左は槙原先生。誠二は僕の後ろにいて」

三人の大人たちは牧師舎で沈黙した。賢太郎の膝に頭を乗せながら、僕は真剣に作戦を発表する。

「一日中、僕と一緒にいて。いつ敵に襲撃されてもいいように」

「敵って……花ちゃんと石野さんでしょう?」

槙原先生は困惑気味にグラスを揺らした。ソファで足を組む先生は童貞の大学生のようなのに、きついアルコールの匂いだけ大人っぽかった。

「そうだよ」

「普通に挨拶すれば? 僕も当日は仕事があるし」

無関心そうに、誠二が煙草をふかした。

「仕事貰えたんだ? ばらばらになったスリッパを組み直す係?」

「見回りです。僕のかわいい生徒が、いつ性格の悪い聖職者に襲撃されてもいいようにする係」

「先生は想像力が足りない」

僕の警告に、先生は不思議そうな顔をした。

「明日、先生の前に、元カノと彼氏が現れたら?」

うっと先生は言葉につまった。先日、先生はゆっこに彼氏が出来たことを知って、待望の復縁の未来を詰んだところだった。

「ダメージでしょ。敵でしょ」

「敵かも……」

「俺たちで囲いを作るより、女といた方が効果的だろ」

僕の前髪を撫でて、賢太郎が告げた。

慣れた仕草で、彼は煙草に火をつける。僕の真上で煙草が燃えている。灰がいつ落ちるのかと僕は緊張する。

僕の目玉がじゅっと焼けたら、賢太郎はきっと泣いて取り乱す。ぞくぞくと甘い興奮を感じて、彼の腰に腕を回した。

「ガールフレンドを作れよ。創立祭が始まるまで、まだ一ヶ月もある」

「そういう君は一ヶ月でガールフレンドが作れるわけ?」

「おまえは出来ないのか?」

「この野郎……」

「出来ないだろうな」

「牧師さん、色欲の地獄について説明してやってよ」

「ダンテでも読めば」

「――女の子なんてありふれてるよ」

僕が嘆息すると、三人の独身男たちが沈黙した。

「もっと最強でいなきゃ。僕のことを一日中ちやほやして」

「僕たちが前後左右にいることが最強?」

「そう。一生のお願い」

手を伸ばして、賢太郎の吐き出した煙に触れる。くるくると指を回すと、動きにあわせて煙が踊った。

賢太郎はようやく危険に気づいて、煙草を灰皿に置く。からかうように瞳を細めて、賢太郎は笑っていた。

「ナーバスになることはないさ。石野なんておまえの敵じゃない」

「花だって賢太郎の敵じゃないよ」

「なんのことだ」

「なんだ。石野さんが結婚しちゃうの寂しいの?」

「馬鹿じゃないのか。先を越されたのは癪だけどな」

「言ってみただけでしょう」

肩を竦める賢太郎のほっぺたに僕は触った。彼は笑っていた。

「言ってみただけだな」

賢太郎は結婚願望が皆無にひとしい。あのお母さんじゃ仕方ないと思う。僕が女の子だったらかわいいお嫁さんになってあげたのに。

「本音だとしても、悔しがることはないよ。賢太郎よりも僕がみじめだもの」

「咲、そういう言い方は……」

「そして、僕よりも誠二がみじめだ」

僕はちらりと誠二を伺った。

誠二はたぶん花に恋していた。

誠二をからかうとき、僕は彼が煉慈みたいに怒るのを期待する。このコミュニケーションは間違ってるかも。そう思いながら、後先構わず爆弾を放ってしまう。

「逃した魚が釣られていくのはどんな気持ち?」

賢太郎も先生も誠二に視線を集めた。

煙に目を細め誠二はバーボンを飲み干す。残念ながら、彼はしらけた顔を変えなかった。

「別に」

「つまらない」

口を尖らす僕に誠二は笑った。

「強がることないって。神波さんの気持ちは良くわかります」

先生がなれなれしく誠二の背を叩いて、並々とバーボンを注ぎ足す。真顔で誠二はグラスを押し返した。

「止めて。仲間扱いしないで」

「仲間じゃん! フラレ仲間!」

先生は動じない。先生のこういう所は本当にいつも無敵だ。

「めそめそ泣いてもいいですよ。僕もゆっこに彼氏が出来たって知った時はショックで泣きそうだったもん。ああ、マジでなんでゆっこ……」

「賢い女だったからだろ?」

「まともな女性は結婚相手に君を選んだりしないんだよ」

落ち込む先生に二人は容赦なかった。

先生は少し酔っていて、誠二に絡みながら、賢太郎を軽く罵った。先生は笑っていた。ひどいことを言いながら、賢太郎も誠二も頬を緩めていた。

僕はその光景を眺めて、とても気分が良かった。大人たちの時間に僕だけ混ざっていることも、僕を優越感に満たした。

この気分のまま、花に会いたかった。

もしくは、花に会わずに過ごしたかった。

僕のものじゃない花に会うのは辛いけれど、誕生日おめでとうを花に言われないのも寂しい。泣きたくなるほど悲しい。

17回分の誕生日と比べて、僕はきっと参ってしまう。

どうして、僕は文化の日に生まれたんだろう。カルチャーなんて縁がないのに。

どうして、この学校は、文化の日に創立祭をするんだろう。





ススム

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